精神科の閉鎖病棟 ハートフルな実態
閉鎖病棟に入ったことがあるだろうか?
閉鎖病棟に入ったことがあるだろうか?大半の人はないであろう。私は入ったことがあるので、ほんの少しだけ、普段覗き見ることができない建物の中をご案内しよう…
さて、入院
とある出来事により、頭も体もヘロヘロのペロンペロンで病院に着いた私は、付添の母とともにまず外来診察室に通された。そこにいたのは、いつも通っている小さなクリニックの医師だった。大病院にも勤務していたのである。どれだけ働いてるんだ、タフガイかよ。まぁ事情も体調も何もかも知ってるから都合がいい。
母に付き添われて椅子に座った私は、主治医を見てこう言った。
「白衣を着てる…まるで医者のようだ…」
頭がおかしいと思わないでほしい。小さなクリニックの精神科医は白衣を着ていないのである。ユニクロの服を着たただのオジサンなのである。
「え!?白衣!?ハハッ医者みたいだろ!実は医者なんだ!」
「知ってます」
相変わらずテンションが高い主治医と、ヘロヘロペロンペロンな私と、不安げな母と、後にいるたくさんの看護師さんたち。
なんやかんや話をして、私は看護師さんに連れられて診察室を出た。母は入院手続きに行った。
いざ、閉鎖病棟へ
院内を歩くこと数分。迷路かな?というくらい複雑だった。
M1とかM2とか、意味分かんない階層表示はやめてほしい。その時はそう思ったのだが、ミドルのフロアを設ける深刻な理由が隠れていたのである……この話は後ほどしよう。
採尿、レントゲン、CT、採血を済ませて、そのまま看護師について行ったらいつの間にか閉鎖病棟に入っていた。ドアがありすぎて何が何だか分からなかった。は?ここ?みたいな。ナースステーションに通された私は母と合流した。ナースステーションは狭かった。
スーツケースの中をめちゃくちゃ真剣にチェックされた。鏡も持ち込み禁止である。割ってナイフにしちゃう人がいるからである。ナイフにしちゃうと手首切っちゃうのである。私はやらないけど。痛いのは心だけで十分である。
なんとか荷物検査を通過した私は、ベッドに案内された。
部屋は教室のようだった。何を言っているかわからないと思うが、俺も何を見ているのかわからなかった…!
部屋の中は…
あまり詳細に言うとバレるので少しにしておくが、ベッドの間にカーテンはなく、非常にオープンな複数人部屋だった。廊下に面した壁は、上半分が窓になっている。
荷物を棚に入れ、私は早速パジャマに着替えた。もちろんカーテンはないので、そのままスポーンと脱いでスポーンと着る。女性専用フロアなので問題はないし、一刻も早く寝たい。
とにもかくにもベッドに入った私は、さっそく寝る態勢になった。ベッドの寝心地はよかった。後で聞いた話だが、医療用ムアツ布団という一枚ウン十万円する布団を使っているらしく、そりゃあ寝心地が良いわけである。
衝撃のトイレ
しばらくたって、トイレに起きた。教室のようなガラガラッと横に開けるタイプの木のドアを開け、廊下に出る。トイレのドアを開けるとあらびっくり。個室の区切りがカーテン。
中で何かあったら困るからカーテンなのである。一応ちゃんとドアの個室もあったが、ドアを開けるのがめんどくさいというぶっ飛んだ思考によりカーテンの個室に入った。
結論から言うと、仕切りがあれば人間用はたせる。全く問題ない。開け閉めも楽なので、私は退院までカーテン個室を気に入って使っていた。
ここは学校の寮かな?
さて、寝ていたらいつの間にか夕飯の時間である。夕飯は各自1階に取りに行く。私の部屋はM2である。特に呼び出しもなく、時間になると誰ともなく「夕飯きたよ〜」と言いながら階段を降りていく。あ、そういう感じなのね、学校の寮みたいな感じなのね。
夕飯の入ったコンテナの前で、各自名前を呼ばれるのを待つ。アレルギーやらなにやらで、食事のトレーは決まっているのだ。食事は談話スペースで取ってもいいし、ベッドサイドの棚についているテーブルで取ってもいい。味はそこそこ。食べ終わったら食べ残しをバケツに入れ、トレーをコンテナに戻す。つまり給食スタイルである。
貧血事件
話は変わるが、お風呂の日にちと時間は決まっている。私が入院した翌日が、女性のお風呂日だった。体調不良マックスでお風呂を待っていると、看護師さんから呼び出された。
「採血の血が足りないって言われたから、もう一回採ってもいい?」
嫌です。とも言えず、ナースステーションに連行される。針を刺され血を抜かれている途中で、体調不良がマックスを突破した。
担当の看護師さんが採血した血をどこかにしまいに行っている途中で、頭がふらふらしてきた。どう言葉にしたものかと思い、机に突っ伏しながら隣りに座っていた看護師さんに「なんか気持ち悪いです」と訴えたら、「そのくらいの採血で気持ち悪くはならないわよ」と言われた。違うんだよ、そうじゃねーんだよ、やべーんだよ。
戻ってきた担当の看護師さんが私を見て、「大変、顔が真っ青よ。立てる?ベッドまで戻れる?」
戻れないっつったらどーすんだよ、と思い、立ってみることにした。看護師さんが支えてくれたが、ナースステーションを出たところで意識が飛んだ。みんながお風呂待ちをしている行列の目の前である。なにもこんな目立つところで倒れなくてもよかろうに。
ベッドまで運ばれた私は血圧やら何やら測られ、その日のお風呂は逃した。次の風呂は二日後である。
しばらくして主治医がやってきた。貧血で倒れたんだって?と言われたので、冷や汗がすごいんです、と訴えたら、あーよくあるよくある、自律神経うんたらかんたらと言って去って行った。小さなクリニックでは折り紙を折っている暇人でも、大病院では大忙しのお医者様らしい。実際めちゃくちゃ忙しそうだった。患者さんに何か言われて「今それどころじゃない」って答えてたからね。アンタそれいいの?と思ったけどね。
主治医の腕は信頼していたが、正直それまでナメていたので見直した。
ハートフルな出会い
一週間ほど経つと、だんだん生活に慣れてきた。学校の寮みたいだった。みんなそれぞれ病気を抱えつつも、ほぼ良い人たちだった。変人だけど。
一番記憶に残っているのは、サングラスにロン毛をキメたオッサンのことだ。
見た目が怖いのでみんな近寄らない。私もビビって近寄らなかった。でもあるとき、談話スペースで二人になった。本を読んでいた私にその人は話しかけてきた。「なんの本?」「数学の本だよ」「俺にはさっぱりわかんねぇや」。これを機に謎のサングラスについて聞いてみることにした。
「なんでずっとサングラスしてるの?」
「オシャレだよ、オシャレ」
「取ってみてよ」
「あ?いいよ」
サングラスの下は、つぶらな瞳だった。
「サングラス取ったほうが素敵だよ」
そう言ったら、彼はめちゃくちゃ照れた様子で頭を掻いた。
「でもサングラス好きだからよぉ」
「そっか、好きなんだ」
案外いい人だと思った。
退院するとき、母とタクシーを待っていたら、彼とすれ違った。
「お、どっか行くのか?」
母はめちゃくちゃ怖がって引いていたが、私は「退院するの!」と答えた。すると彼は、「そうか、よかったな!元気でな!」と言ってくれた。「ありがとう!」
それが彼との最後の会話になった。
ついぞ名前を知ることがなかったオッサンだが、忘れることはないと思う。なんとなくハートが繋がったような、不思議な体験だった。
そうだ、最後に
そうだ、階層がM1やらM2やらに分かれていることをまだ書いていなかった。
ナースステーションが真ん中の1階にあり、上のフロアはM2、下のフロアは半地下のM1。これだと、階段を折り返すことがないので、両方のフロアがナースステーションから直接見える。トラブルがあった時にすぐに駆けつけられるのだ。また、私みたいに倒れた患者をベッドまで運ぶ手間も省ける。一石二鳥である。ただし病院内は迷路になる。
…とまぁ、ここまで書いてきたわけだが、精神病院は病院によってかなり差があるので、もしあなたが入院するとなったらどんな病院になるかは運次第。私が入院したところはなかなか楽しかったしモリモリ回復したぞ。
入院後半は回復してきたので、公園に散歩に行ったりカフェでまったり過ごして診察時間をガッツリ無視し、主治医に探し回されたのは一度や二度ではないことを告白しよう。